馬車の跡が、だんだん乱れているのがわかった。あちらもスピードを上げている。
「ティアル、追いかけられているのに気付いてるんだ」
「ああ、そうみたいだな……。スピードを上げるよりは、道を外れて回り道するほうが得策だ」
二人は、いったんその道から小さい路地に入った。
今の道はおそらく、もうひとつの教会の廃墟に向かっている。
「アシュナ、先回りする。スピードあげるぞ」
「了解」
雨は止みそうにない。このまま降り続いてくれれば、計画の成功は確実だ。空軍からの監視が困難になるためだ。
空軍は常にではないが、定期的にザノア帝国内を監視して回る。空からの監視だから、屋根がない所の人間の活動は筒抜けになってしまう。
この任務中に王女と話しあうのが必要だが、そのそぶりを少しでも感づかれたら、司令官部がすぐに動くかもしれない。
その緊張が少しは和らぐ。監視される可能性がゼロとは言えないが。
アシュナは、この辺りの地理に詳しいようだった。
「三年前からヒッターだけど、このあたりが実地訓練用になっててさ。だいぶ、覚えさせられたんだ」
「おれは軍を出たことがないんだ。アシュナ、地理のほうは頼んだ」
アシュナはうなずいて、スピードを上げてティアルの前を走った。さすが、地理とスピードのテストをクリアしただけのことはある。
しばらく走ると、霧の中に廃墟が浮かび上がってきた。
「ここだ。元々、ザノア側で一番大きな教会が建ってたんだけど、ずっと昔のザノアの侵略で一瞬で陥落したんだ」
「旧セント=ヤティル教会か。よし、ここで待ち伏せしよう」
二人は、濡れた体を拭いて、教会内に跡を残さないようにした。王女が怪しがって入ってきてくれないと、説明ができない。
教会内は、あちらこちらに荒らされたような跡があった。
「ティアル」
アシュナが静かに話しかけてくる。
「どうした?」
「これ、荒らされたの、きっとついこの前だよ」
「なんで、そんなことわかる?」
「埃の被り方が周りと全然違うんだ。見てみろよ」
アシュナに促されてティアルが見てみたところは、確かに埃をあまり被っていなかった。
「誰が荒らしたんだろう」
「地下教会を暴いた跡みたいだ」
「地下教会?」
「ザノア軍が荒らしたんだ、きっと。地下でこっそり集まってる信者がいるんだよ、時々。それを弾圧して軍が連行する……。誰かが密告したんだな」
アシュナはやはり、そういう情報に敏感らしい。
教会内で何があってもすぐ対応できるよう、二手に分かれて入口を見守った。
そんなに長い待ち時間ではなかった。急いで走ってきて疲れた馬車が、雨の音に混じって教会の前に停まるのがわかった。急ぎ足で、三、四人が降りてくる。
「姫様、急いで」
ギイッと扉が開き、教会内に雨の音がこだまする。ティアルとアシュナは息をひそめた。
王女らしき人と、側近の女性二人、男性一人のようだ。
アシュナは、扉へ静かに回り、そっと閉め、その後ティアルは外に漏れない程度の明かりを点けた。王女たちが振り向いて、明りに目を細める。
ティアルを認めると、さっと男性が前に出て、女性二人は王女に寄り添う形で立つ。
ティアルは明りを持って近づき、膝をついた。
その服装に気付いたのだろう、王女が口を開く。
「あなた…ヒッター? わたしを殺しに来たのね?」
ティアルは首を振る。
「軍からはそういう指令を受けましたが、おれはヒッターである前に主に仕える者です。エテル王女を助けに参りました」
「まあ、本当に?」
王女が喜びの声を上げるのを、側近たちは止めた。強い目をした若い女性が、厳しい口調でティアルに返す。
「ここで待ち伏せしていたのですね。何が目的なのですか」
ティアルは落ち着いて答えた。どうせ、簡単に信じるわけがないと踏んでいたのだ。
「殺すのなら、遠くから狙い撃ちすればいい。軍には、正確な射撃手がたくさんいます。おれたちがここで待っていたのは――」
「たち」という言葉に、王女を含め四人は振り返った。アシュナを認め、驚きの声を上げる。
「あなたたちと話がしたいからです」
エテルはティアルに向きなおって言う。
「あなた、名を何というの?」
「ティアルと申します」
「ティアル、あなたは主が送ってくださった助けだわ。どうやってここから、軍の追跡を逃れられるか教えてくれるかしら?」
「姫様」と、側近たちはまだ警戒して姫を制すが、彼女はティアルたちを信じてくれたようだ。
「さいわい、今は雨が降っています。しばらく止まないでしょう。空軍からの追跡を逃れるには好機と言えます。それから、今回任務にあたった者は全員おれが――おれを通して神が選んだ、主に仕える者たちです。おれたちがあなたを、テレムの教会へお連れします。それを軍への離反だとして、決行部隊が追跡部隊としておれたちを追跡する。そういう口実で、皆がテレムの教会へ逃れるのです。そこから、全員で反旗を翻せばいい。神がそうおっしゃいました。……信じて、くださいますか」
ティアルは作戦の全貌を説くと、側近たちを見た。側近たちもティアルを見、若い女性の側近が口を開く。
「私たちは、どうすればいいのですか」
「ついてきてくださいますか」
ティアルがそういうと、女性は強い目をしてはっきり言った。
「姫となら、どこへでも参ります」
ティアルはうなずいて、アシュナに目配せした。
アシュナはうなずいて、扉から離れた。
「おれたちは軍を離反することをだれにも漏らしていません。あなた方が協力してくだされば、万事うまくいくはずです」
男性の側近が言う。彼はまだ信じ切っていないようだった。
「我々があんたたちを信じられるとでも?」
「おやめなさい、ディオ。下がって」
「姫、しかし……」
ディオと呼ばれた男性の側近は、姫をかばうようにして立ちながらティアルをにらみつけている。
「さがれと言っているの。聞こえないの?」
エテルはディオに厳しく言う。ディオは唇を噛みながらゆっくりとさがる。
「ティアル、といったわね。あなたたちを信じましょう。案内しなさい」
エテルはティアルとアシュナに向かって、笑顔を見せる。
「この教会におれたちが潜んでいることは、軍には知れていません。なるべく軍に知れるのは遅い方がいい。ですから、目立たないように動いてください」
「わかったわ。そちらの」
アシュナが姫のほうを見る。
「そう、あなた。名を何というの?」
「オレはアシュナです。ティアルの部下です」
ディオが姫をうながした。姫はこくんとうなずいて、言った。
「では案内しなさい、ティアル、アシュナ。雨がやまぬうちに」
「はい」
ティアルとアシュナは、裏から出られるかを確認していなかったので、アシュナが裏に回って見てきた。
「ティアル、裏に出入り口はなかった」
「了解。では、表から出ます。扉をあまり開けないでください」
アシュナが先頭、ティアルはしんがりを務める。
「アシュナ、人は?」
「いないみたいだ。こんな時間だからな」
「じゃあ、この教会から町の出口に近い道を進んでくれ」
「了解」
アシュナは進み始めた。女性で若い側近が続き、エテル姫、年配の女性の側近、ディオ、ティアルと並んでいる。
ディオが出ると、ティアルは教会内に残った足跡をきれいに消してから出、追いかけた。
「何をしていたんですか」
ディオはティアルより年上だろうが、敬語で話しかけてくる。
「痕跡を消してきました。本軍が追いかけるときに時間がかかるように」
ティアルの答えに、ディオはうなずいた。
「さっきは失礼しました。護衛士という立場上、まず疑うのが癖になってまして」
「いえ、当然のことですから気になさらないでください」
側近、ではなく、護衛士だったのか、この人は。
アシュナが立ち止まり、ティアルに静かに報告する。
「ティアル、出口だ。でも見張りがいる」
「その見張りはおれが代わらせたヒッターのはずだ。アシュナを見れば開けるだろう」
アシュナは見張りをよく見てみた。雨と暗闇でほとんどシルエットしか見えないが、ヒッターが身につける独特の長いマフラーが見えた。
「ああ、ほんとだ、ヒッターだ。じゃあ進みますよ、みなさん」
アシュナは見張りに近づいて、オレはヒッターだとささやく。見張り役のヒッターも、黙ってうなずき、静かに門を開けた。
アシュナに従い、6人はザノアの首都の郊外に出た。ザノアを完全に出るには、あと一日かかるだろうとアシュナが言った。
「走るの?」
エテルが息を切らしている。アシュナが声をかける。
「我慢してください、姫。一日でザノアを出切らないと、すぐに軍が国外逃亡者をチェックしにかかりますから」
「わたしはこんな恰好なのよ? 走りにくくて……」
するとディオが前に出て、姫を抱えて走りだした。
「アシュナ、案内してください」
「あ、はい!」
アシュナはいそいでディオの前に入り、先頭を走った。女性の側近二人は、体力がある方のようだった。ティアルがアシュナに言う。
「アシュナ、最短ルートで」
「わかってる」
ティアルは後ろを振り返ってみた。追っ手は、来ない。
「ディオ、すまないわね……」
「いいえ、大丈夫です」
エテルは後ろを振り返った。
「追っ手はいつ来るのかしら?」
アシュナが応える。
「任務がきちんと行われなかったという報告が軍に伝わって、追撃命令が下るまで来ません。来たとしても第一陣はオレたちの仲間だけのはずです」
「そう……」
………おそらく丸一日走っただろう。
ザノアの城壁が見えてきた。
「あそこに仲間は?」
ディオが聞く。
「いません。強行突破するしかありません」
ティアルはきっぱりと答え、少し動揺した表情を見せる一行の先頭に出て、城壁を駆け上がった。
見張りが数人立っていたが、ほぼ一瞬にしてティアルが気絶させてしまった。
「殺さなくていいのか?」
追いついたアシュナが城壁の下から恐る恐る聞いてくる。ヒッターとはいえ、訓練でも二人とも人を殺したことはない。
「必要ないだろう」
ティアルが降りてきて、門を開ける。
その時、うしろから馬の蹄の音が聞こえてきた。
「まさか、もう騎兵隊が来たのか!?」
アシュナが叫ぶ。ティアルも焦って門を閉める。
「そんなはずはない。まだばれてないはずだ」
ディオが姫を下ろして、槍を握って構えた。アシュナとティアルは剣に手をかける。
エテルは女性の側近二人の間で不安そうな表情をする。
音が大きくなってくる。馬の声も聞こえる。
「馬だ」アシュナがつぶやいた。
「馬しかいない。人が乗ってない」
「なんだって?」
ティアルとディオもよく見てみる。
「本当だ。馬しかいない」
エテルが前へ出た。
「神が与えてくださったのかしら」
先頭に白い馬が、その左右に栗毛色の馬が二頭並んで、走ってくる。
ディオはすかさず、姫を抱え上げて白い馬に乗せた。手綱は付いている。
「馬の乗り方、わたし教わったことないの」
不安そうに言う姫にうなずいて、ディオも後ろに乗って手綱を取る。
ティアルとアシュナは走ることにして、二頭の馬に女性の側近を乗せた。
「わたしは行きません」
突然、側近の、若い女性のほうが言った。
「え?」
「わたしは行きません、軍に父がいるのです。国外に逃亡したら、父が大変だわ。……エテル姫を国外へお送りするまで帰れませんでしたが、もう大丈夫でしょう」
ティアルは彼女に強い意志があるのを見て、一緒に連れて行こうとしても無駄だと悟った。
「何を言うの、サラ」
「エテル姫、この先、お伴できなくてごめんなさい。あとは皆様に任せましたわ」
サラと呼ばれた女性は、馬を下りてティアルに手綱を渡した。
「では、さよなら。みなさまに神の御加護がありますように」
「サラを止めて、ティアル」
エテルは言ったが、ディオがティアルを止めた。
「無駄です。サラは父のために働いてきたんです」
「サラ……」
姫が泣いた。サラは夜明けのザノアの町に帰って行った。
ティアルはサラが降りた馬にアシュナを乗せ、再び門を開けた。
「追っ手が来ます……。急ぎましょう」
馬を得た一行は、昨日までよりもっと速い速度で、ザノアを離れて砂漠に入った。
「それにしても、この馬はどこから来たのかしら」
姫がつぶやく。年配の女性の側近が言った。
「神が与えられたものでございましょう。……それにしても、ティアルどのはよく疲れませんわね」
思ったより若々しい話し方だ。
「おれは、体力はある方ですから……」
「馬にはお乗りにならない? わたくしめなどは、馬のような高価な乗り物には慣れていないのですよ。代わってもらえません?」
ティアルは困った。年配なのに、無理をさせるわけにいかないと思ったのだ。するとエテルが言った。
「テラの言ったとおりにした方がいいわよ、ティアル。彼女、昔、女ヒッターだったから、走るのは速いし。時々代わった方が、体力の維持にいいんじゃなくて?」
「そうなんですか?」
「そうですわよ。さ、お乗りになって。わたくしめは走っておりますから」
テラはそう言うと、ひらりと馬を下りた。ティアルはその次の瞬間、馬に乗った。
「おおっ、息ぴったり!」
アシュナか歓声を上げる。そしてテラがアシュナの前を走っている。
「すごいですね、テラさん!」
「ありがとう。これだけが取り柄ですもの、うれしいわ」
テラはアシュナに微笑んで、平然と馬と同じ速度で走っている。ディオが言った。
「さすが、すごい体力ですね、テラさん」
エテルが笑って言う。
「当たり前でしょう。わたしの父が馬で競争して勝てなかったのよ」
ときどき、アシュナが走ったり、ディオが馬を下りたりして四人で交代したが、結局一番長い距離を走ったのはテラだと思われた。
砂漠に出てから、初めての夜が来た。
「いつ着くのかしら」
エテルが聞いた。
「明後日には。ディルアンまでは、まだあるでしょうけどね。海沿いの半島の先ですから」
アシュナが言う。すると、腹が鳴った。
「うわ、腹減った。そういや、丸二日食べてねえな」
「わたしはもう、お腹が空いたのを通り越して何も感じないわ」
「ディオさんとテラさんは?」
「まだ大丈夫」
「わたくしめは我慢できますわ。でも、姫とアシュナさんが限界のようね」
この砂漠で、五人分の食糧となるとすこし厳しいだろう。
「馬を止めましょう」
ティアルが馬を下り、ディオとアシュナは少し通り越してから馬を返して止めた。
「どうする、ティアル」
「食糧を探そう。これ以上走り続けるのは、体力的にも危険だと思う」
「でももう夜だぜ。せめて水があればいいけど……どうやって探す?」
ティアルは黙りこんだ。食糧を確保しておくべきだった、と思ったその時だった。
「あ……何か降ってきたわ。……雪?」
エテルが、空を指さす。アシュナが反応する。
「まさか、真夏ですよ!」
「でも、本当に白いものが。何かしら、これ……」
ディオとテラもつぶやく。
「おかしいですね、こんな季節に」
「砂漠って、夜はとても冷えるのですわねえ」
アシュナは、その白いものを口に入れてみた。ティアルがびっくりして言う。
「アシュナ、何食べてるんだ!」
「……うまい」
「は……?」
アシュナは、その白いものをほおばり始めた。
「うまいぞ、ティアル! これ、食べ物だよ」
「何言ってるんだ、アシュナ」
「食べてみろって。甘くてふわっとしてて、うまいんだよ」
アシュナはティアルに、降り積もった白いかたまりを勧める。
「姫たちもどうですか。結構腹一杯になりますよ」
「姫たちにまで勧めなくていいよ……」
「ティアル、食べてみろよ。ほら」
アシュナはティアルの口に、白いかたまりを押しつける。ティアルが仕方なく口に含むと、甘い香りがひろがって、ふわっと解けた。
「本当だ。……うまいな、これ」
「だろ?」
アシュナの明るい声に、姫が嬉しそうに言う。
「神が与えてくださったのね」
五人は降ってきた神からの差し入れに感謝して、腹を満たした。
「生き返った。また走れるぞ」
「おいしいわ」
「たくさん降ってきますね。今夜のうちにたくさんお腹に入れておきましょうか」
「こんなにうまいもの、初めて食べたな」
アシュナが満足そうに言う。ティアルもうなずく。
「食事自体、いつ以来かわからない」
「そうなの? そういやティアル、軍で働いてる時は何も食べるの見たことなかったな」
砂漠の夜の雪は、真夏だけあって冷たくはなく、暖かかった。ティアルたちは、馬にも食べさせて、みんなの体力を上げるところまで上げた。
ティアルが言った。
「今日は眠りましょう。軍の追っ手は砂漠に出る準備をするはずですから、そう早くは来られません。体力も回復しておいた方がいい」
みんなは安心したようにうなずき、思い思いに雪の上に寝転ぶ。
「あ、あったかい」
「本当ですね」
「やっと寝られる……」
ティアルは曇った空を見上げ、なぜ雨でなくこの「雪」が降ってきたんだろうと考える。
「ティアル」
アシュナが転がってきた。
「なんだ?」
「こんなあったかいとこで寝るのって初めてか?」
ティアルは少し考えて、答えた。
「わからない。おれは六歳の時ヒッターになったんだけど、その前のことはほとんど覚えてないんだ」
「ふうん。オレは、ヒッターになってからはこんなあったかいとこで寝たことないぜ」
アシュナはごろんともう一回りして、ティアルのすぐ隣に来る。
「オレさ、妹がいたんだ。テレムの、ミディンっていうとこに二人で住んでたんだけど。ミシェニィって言って、今はどうしてっかわかんないけど、夜はよく泣きついてきてさ」
ティアルはアシュナのほうを向く。
「夜はなんか出そうで怖いって。それでいつも一緒に寝てやってたんだけど、ヒッターとして捕まって、軍のかたいベッドで寝ることになったときは、本当にミシェニィがいないと落ち着かなくなっててさ」
アシュナはくすっと笑う。
「オレの方が安心させられてたんだなーって思って。……ティアルはそういうのないの?」
「おれは……。さっきも言ったがヒッターになったときは六歳だったし、八年も経ってるから忘れたよ。でも、たしか」
ティアルは思い出そうとして、雲を見る。
「兄弟じゃないんだけど、だれか必ずそばで寝てたかもしれない。シオンさんじゃなくて、おれと同じくらいの子が」
「従兄弟とかか?」
「ああ、そうかもな。シオンさんの子供か」
アシュナが笑った。
「なんだよ?」
「いや、ちっちゃかったころのティアルを想像してたら笑えてきた」
「どういう意味だよ」
「可愛かったんだろうなー、って。シオンさんもゼナンさんも、可愛がってたみたいだったし」
ティアルは顔をしかめて見せるが、アシュナはもうからかい調子ではなかった。
「ミシェニィ、生きてんのかな……」
「……今、何歳なんだ?」
「三年前別れた時点で五歳だったから、生きてれば八歳だな。ティアルのいとこは?」
「わからない。名前も覚えてないから」
「そうか……」
ティアルがアシュナの肩を叩いて、言った。
「もう寝よう。睡眠不足には慣れてるだろうけど、その調子じゃいつか体が持たなくなる」
「ああ」アシュナは、背を向けて寝転がるティアルに、背中をくっつけた。
「アシュナ?」
「……あったかいな」
「……そうだな」
「ちゃんと寝ろよ」
「おれは妹じゃないぞ……」
「わかってるよ。言ってみただけだ」
「……おやすみ」
「ああ」
真夏の夜空にかかる雲は、それ以上雪を降らせなかった。
最終更新:2016.5.2.